とある旅行記。〜ギリシャ編〜

旅行記

日本という国を世界地図で見てみると、スイカの種ほどの大きさしかありません。
だけど、そんな小さな日本にすら、古い歴史があり文化があります。
なんでも手に入る大都会があれば、時が止まってしまったんじゃないかと思うほどの静かな田舎もあります。同じ人種でもいろんな考えを持った人がいて、日々いろんな刺激を受けて生活できる国、日本。

だったら、そのスイカ以上ある大きさの海外では、一体どれほどの経験ができるだろう。

そう思った私は、ふと旅行に出かけようと思ったのです。
2010年7月のことでした。

この旅で、私はいろんな人と出会いいろんな体験をし、いろんな景色を見ました。月並みかもしれないですが、この度を通して私の頭には「一期一会」という言葉以外思い浮かびません。

日本の考えや生活というのは、世界からするとほんの一部にすぎなくて、決してそれが全てではない。日本の常識は決して常識ではない。そう思わされます。

これは、あくまで私が経験して私の心で感じたことです。
せっかくなので、文字にして残そうと思ったのです。


よければ、読んでみて下さい。

とある旅行記。〜トルコ編〜はこちら。

ギリシャでの話。(2010/7/22-8/6)

最初に降り立ったのは、ギリシャの首都アテネ。私が最も行きたかった国の一つです。
空港に着いた時からなんだか怖い雰囲気を感じたことを覚えています。
空港からシンタグマ広場に着いてから、予約した宿がなかなか見つからず焦ります。
人はもっと陽気で笑顔で話しかけてくると勝手に思っていましたが、私の想像していたギリシャと現実は違っていたのです。
街には番犬のような、大きな大きな黒い犬があちこちいます。
これには慣れるまで結構かかりました。

ギリシャ2日目、紹介してもらった友達に会いにシンタグマ駅から2駅離れた、ケラミコスという駅に行きました。駅の前には、芝生のある静かな広場が広がっていて、ごちゃごちゃしてだだっ広いシンタグマ駅周辺よりもはるかに、そして瞬時に気に入りました。
友達が色んな国の友達も呼んでいて、思ったよりもたくさんの人が集まっていました。フランス、南アフリカ、アメリカ、、、色んな国から来ていて、どの人も国際的でとても楽しいひとときでした。
そんな中、大学院生であるアメリカ人の男の子のカバンが盗まれたのです。カバンには、作成途中の大学の論文データを入れたパソコンと、国に帰るときに必要なパスポートが入っていました。
たくさんの人がいたのに誰も気が付かなかったなんて、、、
確かに周りを見渡せば、怪しそうな人がいたりいなかったり。。。
その後、そのカバンが彼の手元に戻ってきたかどうか私は知ることはなかったですが、パスポートを失くして異国で再発行をしてもらうなんて相当な労力なはずです。パソコンに至っては、諦めるしかありません。
同じ型のパソコンを手に入れるのはそんなに難しくはないでしょうが、パソコンに入っている情報や写真、唯一無二のものはもう一生手に入りません。
明日は我が身。気を付けようと思いました。

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カバンを盗まれた公園。

ギリシャ3日目にして、ようやくアクロポリスへ赴きました。
すごい迫力で、ただただ感動。

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灼熱の中そびえ立つアクロポリス

上から見下ろす景色も絶景で、あんな広い景色を見たのは初めてじゃないかと思うくらい。
街を見下ろすことで改めて、「ギリシャの街は全くわからん!」と思うのです。
実際に街を歩いている時も、地図を見ているにもかかわらず自分がどこにいるのかわからず、迷子に。。。

そう、アテネは迷路です。

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アテネは迷路

次の日、ギリシャというくにについて色々知りました。
ギリシャの医療や教育や人柄も。
私が思っていたものではなく、もっと貧しくもっと問題は深刻。
優秀な医者不足、安心して子供を預けられる教育現場の遅れ、お金に対してかなりルーズなギリシャ人。
そして、治安の最も悪い地域、オモニアを放置している国、ギリシャ。
オモニアは、首都アテネにあり、ドラッグディーラーや娼婦が行き交うところです。車で一度通っただけで、私は足を一度も踏み入れませんでした。
歩いて自分の目で見れなかったのは残念と思う反面、行ってトラブルに巻き込まれるのも怖いので、ただ本やテレビの中に留めておこうと思いました。

ギリシャは貧富の差が激しい、典型的な貧しい国です。
お金持ちの人はお金持ちで、貧しい人はとことん貧しい。
ここ首都アテネでレストランでご飯を食べていても、7歳くらいの子供がアコーディオンで音楽を奏でてお金をもらおうと乞います。
道端に、車イスに座った50代くらいの女性が、自分の脚がどれだけ悪いかを見せて同情してお金をもらおうと、レントゲンを道行く人に見せるのです。
見ていてとても辛くなります。日本にいたらまず見ない光景で、無知な私はここギリシャで見るなんて思っていませんでした。
ここアテネでは、優雅な生活を送るギリシャ人と、貧しいギリシャ人が世界遺産のアクロポリスの下で暮らしているのです。

さて、そんなギリシャ人は、列に並ぶということを知りません。
メテオラ行きのチケットを前もって買っておこうと思い、駅に行って並んでいると、「私、急いでいるから先に行っていいかしら?」と、ある女性が私に言います。全く急いでいなかった私は、どうぞと譲りました。
すると、その後ろに並んでいたカップルもその女性に続きます。
そうかと思えば、50代ほどのおじさんはおかまなく私を抜かします。
あっけにとられる私。

「あ、ここは日本じゃなかったか。。。」と自分に言い聞かせました。

次の日、リカヴィトスという丘の方面へ行ってみようと、ゆっくり午後から活動しました。
リカヴィトスへ行く道中、地図にグッチのお店が載っていたのでちょっと様子を見に行ってみることに。
アテネはやっぱり迷路で、見つけるのにちょっと苦労はしたものの、なんとか見つけ出して中に入ってみました。

なんとまぁ・・・

グッチに申し訳ないくらいの佇まいで、中は暗いしスタッフの対応は悪い。
スタッフ同士口げんかをしていたようで、客がいる中一人のスタッフが堂々と表の出入り口から出ていき、その前でタバコを吸い出したのです。
あっけにとられる私。

「あ、ここは日本じゃなかったか。。。」と再び自分に言い聞かせました。

ギリシャに来て、信号が変わるのが速いとはよく思っていて、一体どれくらい速いのか一度数えてみることにしました。
比較的大きな交差点で、歩行者用の青信号は約5秒!
激はやです!
アテネの人がせっかちなのが、わかる気がしました。

次の日は、楽しみにしていたメテオラの旅。
メテオラは、アテネから鉄道で約5時間、北の方に上がったところにあります。
メテオラに着くまで不安もありましたが、いざ着くと、小さな町の後ろにはど迫力の大きな岩が堂々とそびえたっているのです。
なんとも息を飲む光景で、不安なんて一気に飛んでいったのを覚えています。
今まで訪れた場所の中で、一番お気に入りの場所の一つになりました。

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ガソリンスタンドの後ろにそびえ立つ崖。

2日目に、山の上にあるメガロ・メテオロンという修道院にいってみることにしました。泊まっていたホテルからは登りということもあってタクシーを使いましたが、帰りは歩いて下って行きました。ホテルのある町に戻るまで2時間弱。
日本では絶対に見ることのできない景色を2時間弱独り占めした気分です。

メガロ・メテオロンからの眺めはすごく素晴らしいもので、私の知っている全ての人に直接見て欲しい景色だと思いました。

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言葉にならない景色。

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山を下ったがゆえに下半身が全体的に筋肉痛。。。だけど、痛くなったのが次の日。
次の日でちょっと安心。

ここメテオラでは素晴らしい経験ができました。
なんの根拠もないですが、なんとなく強くなれた気分です。
思い込みもたまには大事かな。。。
翌日には、再びアテネに戻りました。

最初は1人で歩くのも怖かったですが、アテネに滞在して一週間くらいすると、ようやく道にも慣れて楽しくなってきました。黒い大きな犬も、可愛いとさえ思えてきたのです。
そんなこんなで、今まさにアテネから太陽は沈んだところ。世界のどこかでは今、朝を迎えている。
自然はエンドレス。

どんな都会に住んでいても、みんな自然を基盤に生きていて、誰もそれに逆らうことは出来ない。
ここに座っていると、アクロポリスを独り占めしているみたい。なんという贅沢。。。
人生、経験が大事と改めて感じた瞬間でした。

アテネにはお別れを告げて、向かうは憧れのミコノス島!
ピレウスという港から船でミコノス島へ向かう予定です。
アテネからピレウス港への行き方は、2つ。
30分かけて電車で行くか、1時間かけてバスで行くか。
おそらくほとんどの人は電車で行くのではないでしょうか。
もちろん私も電車で向かうことにしました。
まずは、泊まっていたホテルの最寄り駅から1駅だけ行き、そこで乗り換えをする必要がありました。
乗り換えの駅に降りて、ピレウス行きの電車のホームへ向かいます。
スーツケースを持っていた私は、エレベーターを使おうとしますが、エレベーターが動きません。

「もう、仕方ないなぁ。」と思い、階段の方へ向かいました。
するとそこに1枚の張り紙が。

「運行中止」

え!?
電車、走ってないの???

運行中止の文字の下には、ご丁寧にもピレウス港行きのバス番号が記されていました。

バスに乗るには、なんと私が泊まっていたホテルの近くへ戻らないといけません。

今までの時間は一体。。。

嘆いてもいられないので、とりあえず急ぐことに。
間に合うことを祈りながら。
ハラハラしながらも、なんとかバス停に着き、優しいギリシャ人のおばちゃんにも助けられて、ピレウス港の最寄りのバス停までたどり着きました。

その道中、私はギリシャ人の信仰心の深さを知ったのです。
バスが揺れるたび、また急ブレーキをかけるたびに乗客の中で、アーメンのポーズ、つまり胸元で十字架を作るポーズをする人がいました。しかも一人ではなく何人か。
こんな状況でも神に頼る。日本ではまず見ない光景で、すごく違和感を感じたのを覚えています。
そんな国、ギリシャ。
そんなこんなでピレウス港に到着!

でかい!
港は巨大!大きいとは聞いていたけど、それ以上に大きく、港で迷子。
さまよう。

私はさまよう。

誰に聞けばいいかもわからず、さまよう。

そうこうしていたら、とあるギリシャ人のおじさんが話しかけてくれました。
ボランティアで案内をしているような人。
もしや、チップ目的か!とよぎりましたが、親しく話して、日本大好きなんていう話もしながら、私が乗る船のところまで連れて行ってくれました。気をつけてねといって、そのまますぐ去って行ったのです。
怪しんだ自分を恥ずかしく思い、反省しました。
おじさん、ありがとう。おじさん、エフハリスト!
時間もなんとか間に合う、船に乗り込むことにしました。
船の中に入ると、カフェやファストフードのお店がいくつかあり、想像以上に大きかったです。
これから5時間半、この船に揺られてミコノス島へ向かいます。
ミコノス島は、ゲイやパーティの島で有名ですが、船の中はすでにミコノス島と化しています。
いつのアイドル?というような蛍光イエローのタンクトップを着ている男性や、ピンクの服を着て、イチャイチャしている男性たち。
みんな、今を楽しんでいます。

島に着くと、泊まるホテルに送迎を頼んでいたので、マリアという女性が待ってくれていました。
観光名所だからか、それとも田舎だからか、ここミコノス島は人が優しいです。
おじいちゃんが喋るギリシャ語は、東北の日本語のようにも聞こえたりしました。

細い道を20分ほど行ったところにホテルはありました。部屋は白い壁に青色をアクセントとして取り入れていて、いかにもギリシャの島という感じです。

ホテルにはおしゃれなプールがあったので、早速入ってみる事にしました。
プールなんて、久しぶり。そういえば、水に入る最初って冷たかったなぁなんてことを思い出しながら、肩まで浸かります。体がその冷たさに慣れると、床に触れていた足を離し、顔をつけずに平泳ぎをしてみます。プール内はなんと私だけ。すごく贅沢です。

私がプールを独り占めをしていると、1組のカップルも入ってきました。
アクセントから、おそらくイギリス人で、確実にゲイのカップルです。
2人ともとっても楽しそうに戯れていました。
目線をプールの脇にあるベッドにやると、50〜60代の夫婦がいます。
お母さんは、なんとトップレス!
ここもヌーディストビーチだったのか。
「異国」を感じます。

ミコノス島の中心地は、半日ほどで十分回れるほどの大きさで、時間もゆったり流れています。
見渡す限り観光客で、ある意味ディズニーランドのようなアミューズメントパークといった感じです。

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マリアは、「ミコノスが栄えているのは夏の間だけ。冬になると、人は一気に減って、町は静かになる。だから夏にうんと稼いでおいて、冬に備える。」と言っていました。

いろんな生活スタイルがあります。

暑さがマシになったら、今度はいつか、素敵な人と一緒に来たいなと思ったミコノス島でした。

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とある旅行記。〜イギリス編〜はこちら。

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